京都には数多くの老舗和菓子店があり、創業数百年という「老舗中の老舗」も珍しくありません。
しかし「おはぎ」に関しては、今西軒を抜きにして語ることはできません。
創業明治30年という歴史ある老舗店で、その素朴ながらも奥深い味わいは地元の人はもちろん、観光客からも絶大な人気を集めています。
明治30年の創業以来、一度は途絶えかけた伝統を奇跡的に復活させた物語、そして「1時間で完売」と言われる人気の理由とは何か。

「おはぎ一本」で勝負する、職人の美学
今西軒の最大の特徴は、何といっても「おはぎ専門店」であることです。 普通、和菓子屋さんといえば季節に合わせて練り切りや大福、夏なら水羊羹……と品揃えを変えるものですが、ここは一年中おはぎ。しかも、種類はたったの3つだけです。
今西軒のおはぎを語る上で、絶対に避けて通れないのが「あんこ」の圧倒的なクオリティです。
- つぶあん:
仕込みに2日間。小豆の粒が立ち、力強い風味。
一粒一粒の皮の柔らかさが絶妙です。
口の中で皮が残るような嫌な感じが一切ありません。
これは、小豆の水分含有量を見極め、ギリギリの火加減で炊き上げる職人技の賜物です。 - こしあん:
仕込みに3日間。
なめらかで上品、口の中で溶ける繊細さ。
小豆の皮を丁寧に除くだけでなく、えぐみや雑味を徹底的に取り除くために、何度も何度も水を替え、晒(さら)していきます。
その工程で、なんと小豆の4分の1は捨ててしまうのだとか。
効率を重視する現代の製菓子業界では、ありえないほどのロスです。
そうすることで、小豆特有の「渋み」や「雑味」を完全に追い出すのです。
「効率を考えたら絶対にできない」と店主が語るその製法から生まれるあんこは、まるでムースのようにキメが細かく、口に入れた瞬間にスッと消えていくような感覚です。 - きなこ:
香ばしいきなこの中に、実は「こしあん」が隠れている贅沢仕様。
開店後、すぐに完売。
禁断の「砂糖と塩だけ」
今西軒のあんこには、水飴が使われていません。 通常、和菓子にツヤを出し、しっとり感を保つために水飴は必須のアイテムです。
しかし、今西軒はそれを使わない。
なぜなら、水飴を入れると「甘さが口に残る」からです。
砂糖と、ほんの少しの塩。
これだけで勝負するからこそ、小豆のピュアな香りが爆発するのです。
賞味期限は「当日限り」
保存料も水飴も使っていない今西軒のおはぎは、時間が経つと餅が硬くなり、あんこの風味が落ちます。
理想は、買ってから3時間以内。
近くの公園や、鴨川のほとりで、包みを開けた瞬間のあの香りと一緒に頬張るのが、最高に贅沢な京都体験です。

復活のドラマ:老舗の伝統と4代目の決意
今西軒の歴史を語る上で欠かせないのが、一度は完全に閉まった「暖簾」を復活させた4代目・今西正蔵さんのエピソードです。
明治30年に創業した今西軒。
しかし三代目のところで後継者がおらず、1993年に一度廃業しているんです。
当時、4代目となるはずだった正蔵さんのお父さんは、家業を継ぐのを嫌い、呉服の卸業を営んでいました。
正蔵さんも大学卒業後はその呉服店を手伝っていましたが、心の中では「自分が本当にやりたいことはこれなのか?」という葛藤。
そんな時、ふと目に入ったのが、かつておじいさんがおはぎを作っていた道具たちでした。
「このままでは、今西軒の味が歴史から消えてしまう」 そう思った正蔵さんは、当時78歳になっていた3代目(祖父)に、「おはぎを教えてほしい」と願い出ます。
当初、おじいさんは「今さら何を」と難色を示したそうですが、孫の熱意に折れ、かつての古い道具を引っ張り出してマンツーマンの修行が始まりました。
- 「あんこを炊く」のではなく「小豆と対話する」
- 「水飴に頼らない」という禁欲的なまでの素材選び
かつてはおくどさん(薪)で炊いていた火加減を、現代のガス火でどう再現するか。
正蔵さんは、おじいさんの手の動き、あんこの照り、匂いの変化を、すべて細胞に刻み込んでいきました。そして2002年、9年の沈黙を破り、今西軒は復活したのです。
「幻のおはぎ」を手に入れるためのサバイバル
今西軒のおはぎを食べるには、ちょっとした覚悟が必要です。
営業開始は朝9時30分。 しかし、その時間に行っても「完売」の文字を見ることになるかもしれません。特に人気の「きなこ」は、開店から30分〜1時間で姿を消すことが珍しくありません。
攻略のポイント
- 朝イチに並ぶ:
開店は9時30分ですが、9時に着いても10人以上並んでいることはザラです。
特に週末や観光シーズンは、並んでいる間に「きなこ完売」のアナウンスが流れるという、切ないドラマが展開されます - 予約を活用する:
1ヶ月前から電話予約が可能ですが、予約分もすぐに埋まってしまいます。 - 伊勢丹を狙う:
毎週土曜日、JR京都伊勢丹の「地下1階・京銘菓コーナー」でも販売されています(11時頃から)。
こちらも熾烈な争奪戦ですが、本店まで行く時間がない方にはチャンスです。

京都にお越しの際は、ぜひ少しだけ早起きをして、五条の路地を訪ねてみてください。
そこには、派手な宣伝はないけれど、100年以上愛され続ける「本物の味」が、静かにあなたを待っています。
今西軒の基本情報
- 営業時間
9:30~売り切れ次第終了(火曜、第1・3・5月曜定休、7・8月は月・火定休) - 住所
京都市下京区烏丸五条西入ル一筋目下ル横諏訪町312 - 交通アクセス
地下鉄烏丸線「五条駅」4番出口から徒歩約2分


